問いを立てる ── 分析が始まる前の分析
分析で最も難しいのは、分析そのものではない。何を分析するかを決めることだ。
現場で頻繁に起きるのは、次のパターンである。
よくある依頼:
PM: 「先週のユーザー数、出してもらえる?」
アナリスト: 「DAU? MAU? 新規? 復帰? どのセグメント?」
PM: 「全部で」
(1 時間後)
PM: 「うーん、これで何が言えるんだっけ?」
この場面の根本問題:
→ 「何の判断に使う数字か」が決まっていない
→ 数字を見てから考えようとしている
→ 結果、見た瞬間に意味を失う
本章では、分析が始まる前の分析 ── 問いの立て方を掘る。ここで勝負の 8 割がつく。
Decision-first thinking
本書が何度も戻ってくる原則を最初に置く。
Decision-first thinking の公式:
① どんな判断を下す必要があるか?
↓
② その判断を変える可能性のある情報は何か?
↓
③ その情報はどうやって得られるか?
この順番を逆にしない。
「まずデータを見る」ではなく「まず判断を特定する」
最初の問いに答えられないなら、分析する前にやるべきなのは判断の棚卸しである。判断が具体的に描けない状態で数字を集めても、数字は「眺める対象」にしかならない。
判断を具体化する三つの問い
① その判断の結果、何が起きるか?
(例:機能 X を続けるか撤退するか)
② どんな数字が出たら A にするか?
(例:「継続利用率が 30% 下回ったら撤退」)
③ どんな数字が出たら B にするか?
(例:「40% 以上で勝ち、40〜30% はグレー」)
数字を見る前に、閾値を宣言する。この一点が、Decision-first の実装である。閾値を事前に宣言できないなら、その分析は判断に繋がらない可能性が高い。
「問い」の三層構造
プロダクトの現場で扱う問いは、実は三つの層に分かれる。層を混同すると分析が迷走する。
graph TD
A[戦略的な問い<br/>Strategic] --> B[戦術的な問い<br/>Tactical]
B --> C[運用的な問い<br/>Operational]
A1[「この市場に賭けるべきか」<br/>「この事業は続けるべきか」] -.- A
B1[「この機能は効いたか」<br/>「この施策は進めるべきか」] -.- B
C1[「昨日の DAU は?」<br/>「エラー率は?」] -.- C
戦略的な問い(Strategic)
- 範囲:四半期〜年単位
- 例:「この事業ラインは残すべきか」「この顧客層にピボットすべきか」
- データの役割:一つの材料にすぎない。市場、競合、組織、ビジョンが重みを持つ
戦術的な問い(Tactical)
- 範囲:週〜月単位
- 例:「機能 X は効いたか」「オンボーディングのステップは減らすべきか」
- データの役割:中心的な判断材料。A/B テストや施策後分析の主戦場
運用的な問い(Operational)
- 範囲:日〜週単位
- 例:「昨日 DAU が落ちてないか」「エラー率は閾値を超えてないか」
- データの役割:監視。ダッシュボード・アラートで自動化すべき領域
層を間違えると何が起きるか
層の混同は、現場で見かける二つの失敗の原因になる。
失敗①:戦略判断を戦術データで決めようとする
例:「5年後の事業を続けるか」を先月の KPI で決める
→ データは短期しか映さない
→ 戦略判断にはビジョンが必要
失敗②:戦術判断を運用ダッシュボードで済ませる
例:「施策の効果」をダッシュボードの数字の上下で評価する
→ 季節性・トレンド・他施策との重なりを無視
→ 「動いたように見えるが何が効いたのか分からない」に陥る
問いを立てるときは、それが三層のどれかを明確にする。層が違えばアプローチが違う。
良い問いの 5 条件
問いが良いかどうかを判別する実用的なチェックリスト。
条件 ①:判断に紐付いている
❌ 「ユーザーの行動を知りたい」
→ 知って何をする?
✅ 「オンボーディング完了率が 50% を下回ったらリデザインを決めたい」
→ 閾値・判断・アクションがセット
条件 ②:反証可能である
❌ 「この機能は価値がある」
→ 何が見えたら価値がないと判断するか不明
✅ 「この機能は、利用者の継続率を非利用者より 5pt 以上引き上げる」
→ 5pt 未満なら仮説は棄却される
条件 ③:時間軸が具体的
❌ 「ユーザー満足度は上がっているか」
→ いつからいつまで?
✅ 「リリース前 4 週と、リリース後 4 週で NPS が 3pt 以上上がっているか」
→ 観察期間が明確
条件 ④:比較対象が明示されている
❌ 「機能 X の利用者は 1 万人」
→ 多いの?少ないの?
✅ 「機能 X の利用者は、同等機能を持つ競合比で 1.2 倍、社内目標比で 80%」
→ 何と比べて評価するかが明確
条件 ⑤:行動が結びついている
❌ 「Cohort A のほうが B より数字が良い」
→ で、何をする?
✅ 「A が勝ったら、B のユーザーにも同じ体験を段階ロールアウト」
→ 結論が行動にマップされる
これら 5 つを満たさない問いは、分析する価値はあっても判断には繋がらないと考えてよい。分析を始める前にこのチェックを挟むだけで、ムダが激減する。
問いを立てるときの「二つの対話」
現場で問いを立てるとき、二種類の対話を意識的に分ける。
対話 ①:依頼者との対話(Why Down)
依頼: 「先週のユーザー数を出して」
↓ なぜ?
→ 「機能 X が効いているか知りたい」
↓ なぜ?
→ 「続けるか撤退するかを決めたい」
↓ どんな数字なら続ける?
→ 「継続率 30% 以上なら継続」
↓ ようやく「問い」が確定
→ 「機能 X 利用者の 28 日継続率を、非利用者と比較して出す」
「ユーザー数を出す」が「継続率の比較」に変わった。依頼そのものを鵜呑みにせず、Why を三回くらい掘ると、ほぼ確実に別の問いが出てくる。これは Toyota の「5 Whys」のアナリティクス版と言ってよい。
対話 ②:自分との対話(What If)
問い:「機能 X 利用者の 28 日継続率を出す」
What if 数字が高かったら?
→ 続ける。じゃあ「高い」って具体的に何%?
What if 数字が低かったら?
→ 撤退する。じゃあ「低い」って具体的に何%?
What if グレーゾーンなら?
→ どうする?もう 4 週様子を見る?セグメント深掘り?
What if 数字は良いが、代替機能のカニバリだったら?
→ その可能性は今回の分析で分かる?分からないなら別途設計必要
結果の分岐で自分の行動が変わらない分析は、やる価値が薄い。「数字を見るまでは行動を決めない」は一見慎重に見えるが、実際は「事前に選択肢を考えていない」サインであることが多い。
「分析しない」という選択肢
最も強力な問いの捌き方は、実は分析しないことである。
分析しない方が良いケース:
① 判断が既に決まっている
→ 「一応データで確認したい」は時間の無駄
→ 決断のための儀式としての分析
② 判断のコストが極端に低い
→ 「UI 文言を直す」くらいなら直してしまえ
→ 分析の工数のほうが施策より重い
③ データが示唆を与えられない構造
→ 前例がない、十分なサンプルがない、計測できない
→ 「エイヤ」で決めて後で計測を仕込む方が早い
④ 判断のタイミングが今しかない
→ 完璧な分析を待つとチャンスを逃す
→ 「今の情報で決め、後で検証」の方が価値が高い
「データ駆動」と「データでしか決めない」は違う。どの判断がデータで決めるに値するかを選ぶのも、Decision-first thinking の一部である。
「分析すべきか」の判断フロー
graph TD
A[判断が発生] --> B{判断は<br/>可逆的?}
B -->|Yes| C{実行コストは<br/>低い?}
B -->|No| D[分析必須]
C -->|Yes| E[やってから<br/>測る]
C -->|No| F{データで<br/>差がつく?}
F -->|Yes| D
F -->|No| G[経験と<br/>ビジョンで決める]
style E fill:#cfc,stroke:#333
style G fill:#cfc,stroke:#333
style D fill:#ffc,stroke:#333
AWS の Jeff Bezos が言った「Type 1 / Type 2 Decisions(不可逆 / 可逆)」は、ここで役立つ。可逆な判断は分析より実行を優先、不可逆な判断は分析を厚くする。
「問い」の立て方の悪い例・良い例
最後に、現場でありがちな悪い問いと、それをどう書き直すかを例示する。
例 1
❌ 悪い問い:「ユーザーエンゲージメントを分析したい」
問題点:
- 何をもってエンゲージメントとするか未定義
- 分析して何を判断するか不明
- 結果の評価軸が存在しない
✅ 書き直し:
「新機能 X のリリース後、利用者の週次訪問回数が
リリース前同セグメントより 20% 以上増えているかを検証する。
増えていれば全ユーザーに展開、そうでなければ撤退。」
例 2
❌ 悪い問い:「離脱率が高い理由を知りたい」
問題点:
- 「高い」の比較対象が不明
- 理由を知って何をするか未定
- 仮説が列挙されていない
✅ 書き直し:
「新規ユーザーのオンボーディング 3 日以内離脱率が、
過去 3 ヶ月の同時期より 5pt 以上高い。
原因を a)UI 変更、b)集客チャネル変化、c)季節性 の
3 仮説で切り分け、最も寄与の大きいものに対して施策を打つ。」
例 3
❌ 悪い問い:「機能 Y の使われ方を知りたい」
問題点:
- どのユーザーセグメントに興味があるか不明
- 「使われ方」の粒度が曖昧
- 結論が行動に繋がらない
✅ 書き直し:
「機能 Y の主要ユースケースを発見する。
上位 10% ヘビーユーザーの操作ログから、
頻出する 3 〜 5 のシークエンスを抽出。
それを元に、裾野ユーザー向けのチュートリアルを作る。」
書き直し前後で、同じデータを見ても結論と行動が変わる。問いの立て方ひとつで、分析の価値が決まる。
本章のまとめ
✅ 分析の 80% は問いを立てる段階で勝負がつく
「まずデータを見る」ではなく「まず判断を特定する」
✅ Decision-first thinking の公式:
① どんな判断を下す必要があるか
② 判断を変える情報は何か
③ どうすれば得られるか
✅ 問いは三層(戦略・戦術・運用)に分ける
層が違えばアプローチが違う
✅ 良い問いの 5 条件:
① 判断に紐付く
② 反証可能
③ 時間軸が具体的
④ 比較対象が明示されている
⑤ 行動が結びついている
✅ 「Why Down」「What If」の二つの対話で問いを磨く
✅ 分析しない選択肢も常に検討する
可逆 × 実行コスト低 → やってから測る
問いが立ったら、次は何を測るか ── メトリクス設計に進む。良いメトリクスは「問いを翻訳する」行為であり、翻訳の仕方でデータから見える風景がまるで変わる。